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生活

個々は善人でも・・・

平成から令和に改まった今年の517日、中日新聞に『あすへの手紙』と題したシリーズの1つ『戦争はなくなりますか?』との問いに、脚本家・作家の辻真先さん(1932年生まれ)が、答える形で載った興味深いページがありまして、手元においてあるのを今回取り上げてみました。 

新聞では、辻さんを次のように紹介しています。 

 

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12歳で名古屋空襲に遭遇した辻さん。焼夷弾(しょういだん)から逃げまどう生々しい体験を、本紙のこれまでのインタビューなどで、何度も証言した。その一方、ツイッターで最新の漫画やアニメの評論を毎日のように発信。デジタルハリウッド大(東京)で教壇に立ち、国内外の若者にアニメ史を伝えている。つまり戦争の実体験を若者に届く言葉を併せて持つ、稀有(けう)な存在なのだ。 

 

「戦争はなくならないと思います。人間がいつか死ぬのと同じように」実は紙面に据わりがよい前向きな言葉を期待していた。実際に出てきたのは、悟りと諦めからくる答えだ。 

 

「個々は善人でも、国になると戦争を始めちゃう。群れるほどバカになるのが人間だから」 

けれど辻さんの作品は、戦争への反発に満ちている。例えば脚本を手掛けたテレビアニメ『サイボーグ009』(原作・石ノ森章太郎)に『太平洋の亡霊』と題した有名なエピソードがある。太平洋戦争から30年たったある日、旧日本海軍が復活。戦艦「長門」が核の恐怖を載せて米国に突き進む筋書だ。戦争放棄を掲げる憲法9条も盛り込み、日本再武装を強烈に皮肉った。新著『焼跡の二十面相』(光文社)にも、狂言回しがこう語るくだりがある。「“進駐軍の命により”―読者の大半はそんな言葉をご存じないでしょうが、あなたの両親、あるいは呪術的効果を生んだ言葉を耳にしたはずです」。辻さんは、戦争を知らない子どもたちに、戦争とは何かを一貫して伝えようとしてきた。 

 

「戦争と平和は地続きだから、人ごとだと思ってちゃだめ。気付いたら『あなたの背中、燃えていますよ』ってことになる」。特に「平和」という言葉に要注意だと語る。 

 「戦争には『平和になるために戦う』という理屈がまかり通る。それにだまされちゃいけない」。政府に迎合して国威発揚を図ったマスコミ。ささいなムードがみるみる広がり、悲惨な戦争が始まった。やがて娯楽が禁じられ、人びとの笑顔も奪われた。「ちょっとした冗談も許されず、狂気が正気と見なされる社会。それが戦争なんです」 

 

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阿部一理 談 

また あの暑い815日がやってきます。 

太平洋戦争では日本人だけでも310万人が死んだ。 

その一人一人死にドラマがあり、その家族一人一人が翻弄(ほんろう)され筆舌に尽くせぬ悲劇が山積みされた。 

 

 戦争の狂気は、集団の狂気でもあります。個人個人は善人でも、集団になったときの悪に逆らえなくなる心理は、小学生のイジメにも見られる人間の弱さです。一人異を唱える勇気を持つことがどんなに大変なことか、誰しも経験していることと思います。 

それが戦争に突入すると『非国民』とレッテルを貼られることの悲惨さから、村八分にされたり、なぶり殺されたり、それが『お国のタメ』『天皇閣下の命だ』と大上段に振りかぶられた時の恐怖は、察するに余りあります。 

体育会の上級生の命令に逆らうこととは、まるでレベルの違う恐怖なのです。 

どれほど多くの善人が、なぶり殺されて来たことか、あるいは死に値する屈辱を受けた人が数十万人以上もと居たことと思う。 

防空壕の中で泣く赤ん坊を敵に見つかるから殺せ!!と迫れらた母の手記を読んだことがあります。 

 

戦争は、国民全部を狂気にします。 

『一億玉砕!!!』を唱えのは、犯罪だと思うのですが・・・・ 

なぜ??? 

誰が 

何の権利で 

命を捨てろ!!! 

と命令できるのですか? 

 

以下 『続 倭詩』(宮下周平 著)P242より 

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 二度も死にはぐれて帰還した特攻隊(陸軍特攻隊では、なんと1276名中605名、半数が帰還したという)の大貫健一郎少尉(歌手の大貫妙子さんの父君)が、福岡「振武寮」に、生きて帰って来た。  

労(ねぎらい)の一言があっても良かった。出迎えの微笑があっても良かった。 

だが、軍参謀の一声「貴様らは、命が惜しい卑怯者、帝国軍人の面汚し。」と 

罵倒され、足腰の立たない程の暴力を浴びせられ、座敷牢に幽閉された。 

その「許されざる帰還」特攻隊が生き残っている事は、軍部の恥、国辱だった。 

死せし軍神を、国賊としてひた隠しにしたのであった。 

 

それよりも「最後の一機で必ず、俺も突入する。」と、隊員を鼓舞(こぶ)して死出の旅路に送り出した、この狂気の作戦を発令した大軍司令官は、戦後復讐を恐れ警護の拳銃を身に隠しつつ自決もできず、遂に95歳まで生き延びた。草葉の陰で、南海に散華していった若き蕾(つぼみ)は何を思うか。犠牲と言うには、余りにも虚しく、愚かしい。 

 

 何時の世も、何処の地も、一部上層部の判断が、国民の命運を左右する。この沖縄決戦に陸海空四千機が出撃し、九割五分が途中、対空砲火で撃墜され、古くお粗末な機体は目標にさえ届かず海没した。それに比し、沈没損傷した米国の軍艦など、一割にも満たなかった。 

勝敗は、既に決していた。 

  

「大貫よ、俺の無念を晴らしてくれ」とばかりに、亡き同僚・戦友の声無き声を聴きながら、氏は手向けの為に、日本行脚を、死の床の就くまで続けられた。青春に刻まれた深き傷跡は一生を支配する。それを癒すには、余りにも深過ぎた。行けども、傷口は埋まるどころか、その時を取り戻すには、一生は短く、なおも残酷過ぎた。 

戦争はおろか、特攻をも美化してはならない。 

 

大貫氏は、歴史の裏側で逝った戦友の悲しみの代弁者として訴え続けた。 

戦争の愚かさ、 

人が人を殺めることの哀しさ。 

勝つことも、負けることも、 

二つながら不幸であることを伝えたかった。 

人類の無明が、戦後70年を経ても、 

なおも止まず、世界の各地で惨劇が繰り広げられていることに、 

人間の業の深さを絶望する。 

だが、原爆を落とされてまで地に塗(まみ)れた日本が、 

凛として世界に、 

不戦を、 

平和を、 

訴えずして、誰が訴えられるのだろう。 

 

大貫健一郎氏は、歴史の生き証人として、 

我々にそれを伝えたかった。 

死にてもなお、彼は生きている。 

 

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以上 宮下周平氏の魂の叫びを、是非書物を手にとって読んで欲しいと思います 

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