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日本人、肉食人種化計画

日本人、肉食人種化計画

研究のマトを造血機能解明に絞る

私は大学を卒業してから大学の研究室に入りました。それは2つの理由がありました。1つは、草食動物のお腹の中は葉緑素の世界である。それが腸の壁一枚を隔てて赤い血の世界に代わっていく。あの厚さ5mmか1mmの組織に大きなカラクリがあるのではないだろうか。これを何とか解明したい。

もう一つは、1950年頃は皆が痩せて細くて「俊敏に動き回っている健康な人」「横になって動けない、2~3日で餓死するような人」しかいなかった。死人がいると、それを処置しなければならない医学生の時代でした。「将来、医者になんてやってもダメだ。懸案の基礎医学的な問題、腸の問題を4~5年かけて医学的に片づけてから他の仕事に転業しよう」と考えていたのです。

日本人、肉食人種化計画

1950年頃大学の研究室に入って4~5年くらい経た昭和30~31年ごろに、私は自然食運動を起こすことになったのです。その時点で「米と野菜と魚の食形態」と「パンと牛乳と肉の食形態」-つまり和食と洋食の問題が生じたのです。両者を比較すると、断然和食が良い。マウスの研究では、洋食の方は寿命が短く、和食の方が寿命が断然長い結果となりました。

マウスの体の内部を顕微鏡で調べてみても、病的な変化は和食の方はほとんどない。洋食の方は病的現象がいろいろ出てきている。「これは断然和食を推し進めていかないといけない」と思ったのです。しかし1954年4月「PL480法案」がアイゼンハワー大統領の時に、アメリカの議会を通過したのです。一般の名称は「余剰農産物処理法案」というものです。

なぜこうした法案が出されたかというと、第二次世界大戦でアメリカを中心とする連合軍の食糧を一手に引き受けたアメリカは、自国の広大な土地をトラクターで耕して飛行機で種や農薬をまき、そしてトラクターで刈り取るという巨大農法を考え出し、強力に進め食糧を賄う体制を作ったのです。が原爆によって戦争が終結。巨大農法で作り上げた小麦や大豆、トウモロコシがあり余りどうしようもなかった。 これをどうにかしようと、いろいろ考えた末「日本人に食べさせろ!!」という話になった。しかし人間が直接食べる量は知れているので、乳牛などの酪農をはじめ、豚、鶏などの飼育を盛んにする必要がある。そのためには「健康を保つには肉を食べなければならない」という肉食人種の健康医学常識を日本人に刷り込ませる事になったのです。

肉食は絶対に必要だ。という洗脳をどんどんやった。その前に米をパンに切り替えさせるのが先決だ。と言うことで当時職を持たない若者をアメリカに連れていきパンの作り方を教える。パンを食べると必ず牛乳が欲しくなる。牛乳が欲しくなれば肉が欲しくなる。

「余剰農作物処理法案」という名前が付いているけれど実態は「日本人、肉食人種化計画」だったのです。当時の日本政府は、アメリカの言いなりになり「日本人、肉食人種化計画」を勧めようとしたので、私 森下を中心とした「自然食運動」が非常に邪魔な存在になってきたのです。森下の考えに共鳴、賛同する人が多くなると政府は早めにつぶした方が良いと。

厚生省認可の財団法人「自然食研究会」という団体を作り、その財団に参加させる。そして1~2年を経てから「自然食品は、かなり高度な性格を持って特別な健康食品であるので専門知識が必要。だから薬剤師に取り扱いさせる」と。つまり自然食品は薬局でしか取り扱い出来ないということを理事会で決議をした。あっという間に自然食運動は100%崩壊したのでした。

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